hellohana!!

小雨にまぎれ泣いてる花も明日は咲くでしょう

「お前、彼女ができてからだんだんシフト減らしてるけど。おかしいだろ、それ」

なあ?そうだろ。

 

「俺がこの日とこの日に休みだから、お前もこの日に休めよ」って言うくらいじゃなきゃダメだろ。

女に左右されて仕事遅刻したり休んだりとか……なんでそうなるかなあ。

  

だよなあ。俺もそう想うわ。

やっぱり、仕事を頑張ってる奴の方がかっこいいんだよなあ。ヒロ、前の彼女には結構な亭主関白だったよな。人も変わるもんだな。

 

ヒロは僕の名前で、目の前で2人の男が瓶ビールをグラスに注ぎながら話している内容は、僕が最近アルバイトのシフトを週6から週3にしていて、しかも、減らしたシフトも満足に遂行できていないことについての文句だった。

 

僕は、バイトのことを「仕事」と言って、人のことを一丁前に批判する彼らにあまり共感できなくなっていた。ビールを一杯もらって明け方のファミレスを後にした。ビルの隙間から見える薄紫の光が綺麗だった。

 

「ひろはいつもおうちにいるんだね」

 

本棚の上で育てている植物(ガラスの空き瓶と水だけで植物を育てる方法があるらしい。僕はそのやり方を知らない)を台所に持って行き、瓶の中の水を取り替えながら、彼女が言った。

 

「ひろは、本がすきでしょ?本屋のしごとは楽しくないの」

 

ただのバイトだからね。そう言って僕はソファの上で、水を取り替えた瓶に根っこの生えた植物(僕には名前がわからない)をもどす彼女の姿を見ていた。

肩甲骨の下あたりまで伸びた、栗色に染められた髪の毛が、動く腕の上にふわりと乗っているのが彼女のイノセントな雰囲気を増していて、僕はそれがよく気に入っていた。

白いシフォンのようなシャツに、下は僕のダメージジーンズを勝手に短く切って履いていた。シャツとジーンズの切り離しから伸びた手足は血管が見えるほど白く、無駄な脂肪はついていないように思った。

彼女は、ダイエットなどには無頓着だと思っていたが、衣装ケースの奥からそういう類のDVDが付いた雑誌が出てきたから、気にしているんだろう。彼女がそのDVDの映像を見ながら運動をしている姿は見たことがないが、それは想像するだけで僕の好奇心ゲージを最大にするものだった、僕は彼女がまともに走っているのも見たことがない。彼女は寝るのが好きだ。

 

「植物はね、家のなかでもそだつんだよ。むかし、学研の付録で読んだことがあるんだけど……未来の都市は、都市全体が壁と天井でおおわれていて、空気とかも全部、機械ではこぶの。」

 

漫画だろう。僕も読んだことがある。

 

「その中で生まれそだつ少年たちは、外の世界を知らないの。でも、彼らはこっそりと本とかで知るのね、見たことない空のことを。大人たちは、外のことを彼らに知られないようにしたいんだけど。だから彼らも、知らないふりをするんだけど。もしも知られたらどうなるのかな?」

 

彼女がこういうことを話す時、特に何も考えてないということを僕は知っている。彼女は僕に語りかけることで自分の脳内にある記憶を整理しているかのように、とつとつと言葉をつなげていく。

 

「植物は、なにで空を知るのかな」

 

彼女は、本棚の上に置いた瓶の周りに置いている、最近はやりのフィギュアの位置を何度も置き換えながら話しかけてくる。

 

「植物は生まれた時から空をめざして伸びていくからね。正確には太陽をめざして、だけどね。人間の赤ん坊は生まれながらにして母親がわかるらしいから、それと同じじゃないかな。植物にとっては空と大地も育ての親のようなものだし。何も目で見るものがすべてじゃないということは自然界の住人のほうがよくわかっているはずだと僕は思うけど。」

 

「ひろはよくしゃべるよね。」

 

彼女は既に、瓶から垂れた植物のつるのやり場をどこにするかということに気が移っていた。

 

本棚の上に水の入った瓶を並べることはナンセンスだと思うんだけど。

 

喉まで出かかった言葉を押さえ込んだ。彼女がしているただひとつの日課なので、何も言わないことにしているのだった。

午前10時、バイトに向かう時間が迫っていた。彼女の寝顔を確認してから友人達に会うために家を出たのが1時、タバコの煙が鼻につくファミレスから帰ってきたのが5時。家に戻ってきてすぐに眠りに着いたが、それから3時間ほどして目が覚めた。

僕の眠りを妨げてまでしたいことがあるのかと、眠さをこらえて彼女の行動を待っていたが、僕をわざわざ起こした彼女は1時間も僕の隣でうだうだして、途中でりんごを切ったやつを食べだして、ひとつだけ僕にも食べさせて、それから、記憶をたどるような言葉の羅列と水の交換に夢中だった。

 

僕はそんな彼女の行動の意図を考えることは無かった。考えるのは無駄だった。

余裕を持つことを躊躇するほど僕は彼女が好きだった。