hellohana!!

小雨にまぎれ泣いてる花も明日は咲くでしょう

バイト風情がガキ産んで、しかも夫婦で同じ職場にいるんだが

これ、ふつうに仲睦まじくて喜ばしいことなんでは?

 

 って考えるのって、ボケすぎなのかなー?

 

 

37: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/07/15(火) 03:50:22.04 id:yuqUjiLg0.net
バイト風情がガキ産んで夫婦で同じ職場おるとかほんと終わってると思わない?

 

私が育った北関東では(最近、北関東うまれというだけでDisられるということを学んだので、あえてこういう括りで表記してみています)こういう光景がたくさんありました。

 

だからというわけではないけど、バイト同士で子供を産み育ててることの何がいけないのかわかんないです。

この現代社会で、「バイト風情で子供を生む」という状況に、おおいに問題があるということはわかる。でもそこに問題が生まれてしまうこと自体が問題なんでは?

なんで当人たちが悪というような評価になるのかな、謎です。

 

もちろん、わたしにはわたしの人生があり、やりたいことがたくさんあり、

そういった理由で、私自身が「バイトしてて、お付き合いしてる相手もバイトで、でも子供ができたから産まなきゃ」な状況に立たされたらかなり困る。困るけど、

それを「終わってる」って言うのは違和感があるし、

「終わってるよね?終わってると思わない?」って触れ回るのはもっと違和感がある。

コレって多分、2chだからなんでも言えるしこういう意見になる。っていうわけじゃないとおもうんだよね。彼らバイト夫婦の周りの人もけっこうそう思ってるんだろう。

なんかつらいなあ。生きるってそんなに高尚で難しいことなのか。

バイトで子供を生む選択をしたっていうことは、何らかの助け舟(親など)があるのかな? と勝手に想像していますが、

もし、そうじゃないとしても。ちゃんとした家族として成長していけるといいなあと

勝手に応援しています。

 

わたしが昔働いていたレストランには、いっしょに働きに来ている親子がいました。

お母さんと娘。ふたりともバイト。

娘はわたしと同じ年で、お母さんの方は、私のお母さんよりは10歳くらい若くて、スーパージュニアの追っかけをしていました。

そのお母さんの方に、入ったばかりで何もできないわたしは優しくしてもらって嬉しかった。

娘のほうはふつうに今どきの女の子ってかんじ。

わたしは当時からいろんな夢があって、実家ぐらしだけど自立しなきゃとあせっていて、そのときも一人暮らしの資金を貯めるためにバイトしてました。

だから、北関東のど田舎で、特に夢もなさそう(これは勝手な想像。そういう話題が出なかったし、そういうことを考えてなさそうだったから)な女の子が、お母さんと毎日仲良く働いているのを見ていて「何で焦らないんだろう?いろんな可能性があるのに勿体無い」って素直に思っていました。

お母さんと働いていなくても、そういう風に実家ぐらしで、余暇のすべてをジャニオタ活動に充てながら毎月13万円くらいのお給料をもらうっていう生活を5年くらい続けている先輩もいました。

 かつては、そういう人たちが不思議で仕方なかった。不思議だったけど、うらやましくもあった。というか今も羨ましい。なんで羨ましいのかがよくわからないけど、多分、ゆるやかな人同士のつながりを感じていたからだと思います。あやうい人たちをつなぎとめておくものって、ただ優しさだと思うから。

 

娘とお母さんは毎日一緒にバイトに来て、一緒に帰っていく。

お母さんの方の腕にはリストカットの跡がたくさんあって、ときには包帯ぐるぐるまきで出勤してきたりする。そんなお母さんは、60歳くらいのバイトリーダーのおばちゃんに「またやっちゃったの?だめよ〜。ほどほどにね」と優しく諭されている。そのお母さんに私は接客態度で注意されたりする。

そんな日々が今では愛しい。

 

わたしは高校卒業してすぐにそんな風景をみてきた。これを多分、エリートの人たちって知らないんだよね。知らないからどうっていうわけじゃないけど。

 

わたしは今、お金をもらうために、いかに価値を提供できる人間になれるかということに躍起となっていて、それはこれからも続けることだし、生きていくために仕方ないことで、

それをしなくちゃいけないのは多分、実家も地元も捨ててきたからで。

彼女らにはそういう概念が多分無くて(もちろん仕事に真面目に思いやりをもって取り組んで、良いサービスを提供することで付加価値を生み出そうとする姿勢はあるだろうけど)。

わたしは、そういうゆるやかな時間軸につつまれて生きる人達がたまらなく羨ましくなる瞬間が、ときたまある。ないものねだりだとは分かっている。

 

さだまさしの「償い」という歌の歌詞に

「にんげんってかなしいね。だってみんな優しい」

というものがある。その親子を思い出すたびにこの歌詞が浮かんでくる。

 

彼女らをかなしいと思うというのは、結局のところ、上の2chの書き込みをした人間と同じ感覚なんだろう。わたしの価値が、彼女らより上だったりすることは一切無いのにな。

 

また今日も変な虚勢で生き抜いてしまった。

そんな自分を思って悲しい。